佐藤哲也『イラハイ』新潮社イラハイ (新潮文庫)

  • 面白いという記事をどこかで読んだのでチャレンジしてみたんですが、いやこれはホント面白い。ただ個人的には大好きですが、余り人にお勧めできるタイプの面白さじゃないので。読者を選ぶ、なんて言うと「へへん俺はこの面白さがわかるもんねでもお前らはわかんねぇだろう俺偉いお前らダメ」みたいな卑俗になった選民思想が見え隠れするので嫌なんですが、まぁそこらへんも自覚しつつまったく好みが分かれる本です。日本ファンタジーノベル大賞受賞。らしいですけれども、いやもうどこがファンタジーやねん、と。だから好きなんですけどね。ロードオブザリングやらハリーポッターみたいな剣と魔法の世界みたいなのは余り興味がないので、そういうのならきっと読んでおりませんでしたでしょう。
  • 例えて言うなら、と言っても例えも本なので非常にわかりにくいとは思うのですが、全編が筒井康隆『虚航船団』の第二章のような本。弁証法的な饒舌と過剰な諧謔の産みだすニヤリとできる笑い。ただ洪水のようなテキストに身を委ねていいわいいわと喜んでおればいいような快感。物語の筋、というものはあることにはあるのですが、無いに等しいので、ストーリーを中心に小説を読むのが好きな人にはちょっと合わないだろうと思われます。
  • 何しろアマゾンでこの本の紹介文にある

内容(「BOOK」データベースより)
婚礼の日にさらわれた花嫁を追って、波瀾をのりこえて駆ける青年の冒険の物語…。「贅沢な遊び、これこそがファンタジー」と絶賛された新古典。第五回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

  • この紹介が全くのデタラメ、というか、こう紹介しないと売れないんだろうなぁ、と思わせるような内容の本です。半分まで読み進めても花嫁はさらわれないですからね。たまんねぇ。花嫁がさらわれても主人公は取り立てて何もしないですからね。堪えられねぇ。
  • じゃぁ何が書いてあるかと言うと、その主人公の住んでる国と隣の国の仲の悪さだとか、「空豆が下痢をした」「豆スープ」とか言うイルカが人民を虐殺したりだとか、城の塔に幽閉された王子が脳内で恐怖政治を行うとか、そういう描写が寓話だとか聖書のパロディを使ったり、すりかえ・三段論法と言った詭弁を駆使してずれた笑いを巻き起こしつつ描写されてるわけです。当然物語が始まってからもこの調子でべらべらべらとまくし立てる作者。うへぇ、素敵。
  • しかし上でも言ったように言葉遊びの産みだす過剰な諧謔の笑いと虚構の奔流がこの本の最大の特徴であり好き嫌いがズボンと分かれるところだと思うのですが、これにはまる人でも多少とっつきにくい文体がやや難か。ただこのとっつきにくい文体でないとこの小説の面白さは絶対減少する、というジレンマ。

また、イラハイの国は常にひとりの王によって支配されていた。自由や共和制を標榜して統治を万民の手に委ねるほど、イラハイの民は愚かではなかったのである。彼らは迷わずに世襲の王を抱き、迷わずそこに怨嗟を集中した。一方、王はその臣民に対して変わらぬ軽蔑を誓ったので、統治する者と統治される者は双方向の不審と悪意によって巧みに結び付けられてよく融和し、良くも悪くもなく、実を言えば中庸ですらなかったが、概ね平穏無事に安定した歴史を築き上げることとなった。この国の王と民が、互いになまじな期待を抱いたり、敢えて国を挙げて一体となろうとはしなかったことが、成功の理由である*1

さて、サバキヤ王アブラエリ三世は彼方にウルエリの姿を見失うと、唐突に訪れた霊感に促されるままに決意を固め、矢継ぎ早に王命を発して全土に伝令を走らせた。これに応えて翌日、早速にも参上したのが度を越した忠誠心では全国にあまねく名を知られた第一軍団の精鋭六百名であった。彼らは命令書を受け取るや否やただちに号令を発して北部辺境に置かれた兵営を飛び出し、夜を徹して走り続け、弱い者を強い者が背負い、疲労でうずくまるものを引きずり起こし、重い食糧を投げ捨て、剣すらも路上に置き去りにして、普通であれば徒歩でたっぷり一日かかかる行程をわずか数時間で走り抜けたのである。一人の落伍者も出さなかった。その代わりにこの六百名が呼吸を整えて再び立ち上がるには丸一日を要した。しかもその後、彼らは見捨ててきた武具食料を取り戻すために、もと来た道を戻らなくてはならなかった。*2

  • どうですこの過剰な言説。この回りくどい文体でしつこく描写されているからこそ生きるギャグ。ちなみにこれは特に過剰で特徴的な部分を抜き出したわけでは無く、全編こんな感じで、むしろまだちょっと繰り返しが弱いかなと思わせるほど。ただこれだけ饒舌なのに重厚なわけではなく、かつ薄っぺらく軽いわけでもない不思議な文章。ダルそうに見えますがハマれば意外と読んでいて疲れないんですねこれが。
  • 残念なのは作者が新潮社から版権を引き上げてしまったみたいで、絶版で手に入りにくいです。ただソコソコ売れたらしく、ブックオフとかにタマにあるらしいので、この引用で少しでもピンと来た方は、古本に抵抗無ければ見かけたら是非。もしくは図書館で。アテクシはアマゾンのリサイクルを使用させていただきました。
  • あぁ、この作家のほかの本も読みてぇなぁ。特に『熱帯』*3が面白そうだ。この本について書いてあるhttp://d.hatena.ne.jp/burningbird/20041001さんを見ると、プラトン・ファイトて!元ネタの「ウルトラ・ファイト」がわかりませんが、アリストテレスが一番強いとか、その必殺技「形而上責め」は感性的経験から認識できないため相手は無条件に吹っ飛ぶとか、もうヨダレ出まくり。爆笑モノです。金ねえええええ!

 

*1:本文より引用 コチラ→ http://www.enpitu.ne.jp/usr5/bin/day?id=56851&pg=20020211さん のサイトから引用のコピペをさせていただきました。

*2:これも本文より引用 これまたコチラ→はてなダイアリー - ムラサキカガミィズ・さん のサイトから引用のコピペ(略部分を自分で追加)させていただきました

*3:熱帯