池波正太郎文体

文句を言いながらもkatangaはまだ実家にいる。
曰く、遊びに行くところがない。曰く、映画が見られない。
しかし、どうこう言いながらも一週間は滞在してしまうところを見ると、
(まんざらでもない…)
のである。
このところバイトがわりに親戚の手伝いをしているkatangaは、
(バイト代も出るし、飯はうまいし、多少の長居はいいか…)
などと思っている。
今日の夕飯はカレーだったのだが、一人暮らしだと意外と食べないものなので結構嬉しいのである。自炊はいつもするのだが、いつも腹が減ってから作るので、どうしても早く作れる炒め物や焼き物に偏ってしまう。
朝飯の味噌汁は茗荷に刻み葱をはらりと落とす、などという心配りは一人暮らしだと到底望むべくもないものだ。
実家に居ると就職活動も滞るし、何かと不安がないこともないのだが、
(まあいいか…)
と、至極楽天的である。
 
先日、以前からずっと食べたいと思っていたポンデリングを食した。
噂に違わずもちもちしていて中々に美味であったのだが、少々甘すぎる、と感じてその場に居た友人に、
「たしかに中々おいしいが、掛かっている砂糖が少し甘くはないか」
と不満顔で言うと、
「表示に甘いと書いてあったではないか、それは致し方の無い事である」
と言われ、
「いやしかし…」
と返したきりその話題は止めにしてしまったが、やはりどこか、
(釈然とせぬ…)
思いは捨てきれぬのである。
「ポン・デ・しょうゆがあまり甘くなく美味である」
との話も聞いたが、それは売っていなかったので、やはり、
(釈然とせぬ…)
のである。

このように遊び呆けて居るように見えるが、手伝いも中々に時間をとられそんなに暇なわけではない。ようやっと次の土曜日で滞在一週間になる。
さすがに、
(そろそろ京都に戻るか…)
と思いはじめてきた。
(またすぐ年始には実家に戻らねばならぬのだが…)
などと思いつつも、おそらく次の土日あたりに京都へ戻るのであろうとの予感がkatangaの脳裏を掠める。
例年に無く暖かな風が吹く師走の半ばの事であった。
 
 
今日のインドデヤンスは池波正太郎文体でお届けしたが、
(こんなネタ、誰がわかろうか…)
と強く思うがしかし、
(一人でもわかってくれることを祈るしかないな…)
と半ば諦めの境地に達している。
その昔、katangaの同級生に、
「ルーズソックスとか履いて一見普通のジョシコーセーではあるが愛読書が剣客商売
などと言う珍妙なのも居たので、
(意外とわかってくれる人も多い)
のではないか、などと甘い期待を寄せている。
それにしてもこの池波文体、
(非常に真似がしやすい…)
のである。
少し気に入ってしまったので、次はあの作家にしようかこの作家にしようか、などと益体もなく思案し、かつ一人で喜んでいる。
しかし、真っ先に頭に浮かんだ京極夏彦の文体などは、
(あのような衒学的で迂遠な文体、たとえ表面的にさえとても真似ができぬ…)
などと思って意気消沈するのである。
「ユルス」
という文言をどこかで使いたいと前々から思っていたkatangaは、
(よし、次は乱歩文体しかないな)
などと思いつつ床に着くのであった。